少年の住む町は、山(丘陵である)に囲まれているため遊ぶ場所には事欠かなかった。
枝を振り回し野山を駆け廻っていた。遊び仲間は四、五歳上から二、三歳下である。塩を少し袋に入れ、山へ出掛ける。教えてもらった茎や木の実を塩を振り食べる。まだ貧しい 時代だった、育ち盛りには一寸したおやつであった。
特にアケビは特上のおやつで野鳥に 食べられる前に木に登って食べた。私有地の栗林に潜り込み、クワガタやコガネムシなどの昆虫を捕まえたついでに、栗を少々失敬した。
遊びに夢中なっていると、いつの間にか 辺りは薄暗くなり「これ以上奥へ入るな、山犬に襲われるぞ」と忠告された事を思い出す。急に怖くなり逃げ出す。見知った場所まで来て、ほっと息をつくと手足が茨で疵だらけにな っていた。忠告を忘れ、野鳥さんのアケビを食べてごめんなさい。涙がこぼれた。逃げる時に怖くて振り返ったとき、山犬が現れ「ウォー!」吠える姿を見た気がする。
川魚を獲る少年の姿があった。ゴム草履で岸辺の雑草に両手を入れて魚を握り獲る。獲 った魚の鰓に笹の葉を払った枝に通して貯め、腸を出して天ぷらにして食べる。「川が蛇行 していると深みに嵌まるから気を付けよ」と忠告されていたが、夢中になり深みに嵌まり心臓が漠付いた。幼い時は夢中になると言付を忘れ危険に引きずり込まれる。ごめんなさい。
少年は真冬の夜明け前、鳥篭を背負って中学生の後に付いて山に入った。山の斜面に網 を張り、鳥竜を木の枝にぶら下げて夜明けを待つ。中学生達は登校前の腹ごしらえに鯨の 缶詰を食べて夜明けを待つ、小学生の少年も鯨の缶詰を分けてもらい食べる。夜明けと共に鳥籠の鳥の鳴き声に誘われて野鳥が網に向かって来て網に掛かる。カスミ網である。十 年後の高校生の時、同級生がカスミ網で捕まり停学になった。この時、カスミ網が違法だ と知りました。夜明け前の寒さと鯨の缶詰が美味しかったことが忘れられません。
たんぱ く質が摂取できない土地では、昆虫や小鳥などでたんぱく質を補っていた。幾多の年を経てツグミという小鳥が珍味といわれ禁猟 (カスミ網)にも拘らず遠方から食しに来る人がいる。始祖鳥を小さくした姿焼きで出てくる。頭が固くて歯が折れそうで、胸の肉が少し在るだけで美味しいとは思いませんでした。小心者で会社の付き合いで食べて仕舞いました、もう一度野鳥さん、ごめんなさい。
少年は、年老いても時々山犬の吠える姿の夢をみる。山犬がいると言われ立入ることを恐れていた丘陵地には、町と町をつなぐ舗装道路がはしり住宅地が造成され、いろんな鉄塔が立ち、幼子を連れた親子が散歩している。狼のような山犬はどこへ行ったのか?
野山や川を駆け巡り危ない経験もした。その都度、野鳥や昆虫などの小動物、落ちそうになった時に思わず掴んだ蔓や草木、忠告してくれた仲間に救われた。
もしかして、あの振り返ったときに見た山犬は、少年の心に育ち始めた安全や罪の意識の 「ごめんなさい」だった気がする。