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第22回 悪魔の囁き  加藤 満男

 少年の暮らす町にも昔は映画館があった。ラジオしか娯楽がなかった両親は、少年を身体で隠すようにして年に数回映画を楽しんでいた。ある日映画館を出た時、入る時には降ってなかった雪がニ十センチも積もっていて、別世界だと思い目を丸くして少年は驚いた。

 

 少年は少し年を重ねて、片道に2時間も掛けて大都会名古屋へ独りで映画を見に出かけた。映画館を出ると耳元で「映画って楽しいだろ」と囁く声がした。辺りを見廻しても誰もいません。「映画って楽しいだろ、こっちへおいで」との悪魔の囁きに誘われて正道な道から外れ、脇道に入っていきました。

 

 高校生の少年は、昼の弁当を包んだ新聞紙を広げました。「シナリオ通信教育受講生募集」

小さな記事を見つけ、「こっちへおいで」と囁く悪魔からの便りだと確信しました。

 

 少し年を重ねて、通信講座を受講してシナリオを書き始めました。友達や会社の上司・先輩・同僚から「趣味は何だ?」と聞かれ「シナリオです」と答えると「シ・・・って何?」聞かれ、これこれですと答えると「変わったことやってるね」と、いつもの反応が、シナリオとは何のことやらチンプンカンプンで理解されないの時代でした。

 

 ロ数が少なく孤独になった少年の町の文房具店には、ペラと呼ばれているニ百字詰原稿用紙がなく隣の市もしくは名古屋の丸善で買い求めるしかありませんでした。

当時のコンクールへの応募はニ百字詰原稿用紙ペン書きでした。広告の裏でシナリオを書き原稿用紙に清書し、脇道にどんどん入り込んでいくのが楽しい時でした。

 

 少年がコンクールに始めて応募した1971年の新人シナリオコンクール入選作品は、「血と薔薇は暗闇のうた」桂千穂さんで若くて美しい女性の写真と共に受賞の言葉が掲載されていました。その上応募の原稿が黒地に白い罫線入りで白字で書かれていました。受賞当日に現れた方が、2020813日に亡くなられた桂千穂(男性)さんで、受賞会場は混乱したそうです。桂千穂さんは受賞以前から白坂依志夫と親交があったそうです。

少年は、原稿用紙・若い女性の写真・既にプロの作家と親交があった。

これが悪魔が囁いたわき道の世界なんだと少年は心しました。

 

 「キネマの神様」を観た。若い時に書いたシナリオを孫と現代風にアレンジして、城戸賞らしき賞を取ってしまう。いくら映画の運びとはいえ山田監督それはないでしよ、城戸賞に何度も応募して落選してきた少年はショックでした。

 悪魔の囁きが聞えなくなった少年は、正道の道から聞える「シナリオって何?」の声を聞きながら彷徨っている。

 「シナリオって何?」あらすじや今後の展開・予想・見通し・・・等などではありません。

 シナリオでは、人が生きています。