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第3回 言葉は生き物  梶田 明子

ここ半年ほど、慣用句の意味を調べて解説するという仕事に携わっています。言葉の意味や語源を調べ、例文で使い方を示し、類義語、反対語、英訳などを解説するというものです。この仕事をはじめてから、意味が変化したり、ときには本来の意味と真逆の意味で使われるようになったり、言葉がまるで生き物のように変化していることを知りました。

 

たとえば「白羽の矢が立つ」という言葉。

「大勢の中から抜擢される」というラッキーな意味だと思っていました。「撮影中の事故で負傷した主演女優の代役として、無名の新人に白羽の矢が立てられた」などといいますね。しかし、辞書を見ると下記のように書いてあります。

 

(人身御供を求める神が、その望む少女の住家の屋根に人知れず白羽の矢を立てるという俗説から)

1 多くのなかから犠牲者として選び出される。

2 多くのなかから特に指定して選び出される。また、ねらいをつけられる。

出典:精選版日本語大辞典「白羽の矢が立つ」

 

大勢の中から選び出されることに違いはないのですが、1番目の意味は犠牲者、つまり神様の生贄として選ばれることなのに対し、2番目の意味は「抜擢」で、同じ言葉とは思えないほど意味が違います。諸説ありますが、神様から選ばれたこと、白羽の矢が縁起物であることなどが相まって、不運な意味から幸運な意味へと捉え方が変化していったと考えられています。

 

無名の新人が主役に抜擢されたら、それはとてもラッキーなことに違いないでしょう。見事期待に応えることができたら、大女優への道が開けるかもしれません。しかし、みんなに敬遠されて、誰も引き受け手がないためにお鉢が回ってきたとしたら、どうでしょうか。代役をチャンスと考えて結果を出すのか、あるいは貧乏くじを引いたと嘆くのか。「白羽の矢が立つ」ことがラッキーなのかアンラッキーなのかは、選ばれた人しだいなのかもしれません。

 

新しい言葉に出会ったり、よく知っている言葉の別の意味を知ったりするのは、楽しいことです。言葉の意味を調べることは、エッセイやシナリオを書くのにも役立ちます。ただ、「あ、これは最近調べた言葉だ。意味は……えーっと?」と、なかなか頭に定着しないのが難点です。