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第5回 街はセリフで溢れてる  白石 栄里子

何か話のタネになるモノは……? と、新聞やニュースのチェックは日課としているが、面白い話というのは意外と足元にあったりするもので……。

 

先日、西尾市出身のAさんと話していたら、「今度、高校の同級生に会うんですけどね、彼、ニューヨークでスタンダップコメディアンしてるんですよ」と聞き逃せない話をサラリ。

しかもその方、元は社交ダンスの世界チャンピオンを目指して渡米。

「そしたら、あんまりうまい人ばっかいて、『世界一、無理!』って諦めたんだって」

でも、ん? なんでそこからコメディアン? についても色々ドラマはあるようで、大きな挫折の中、なんとなく通ってみたコメディのクラスで思わぬ能力が引き出されたらしい。

小池リオ(Rio Koike)さん、もう二十年以上、アメリカでステージに立つ愛知県出身のスタンダップコメディアン。不覚にも地元にいながら知らなかった。これを機に応援したい。

 

人物もそうだが、セリフというのも、思わぬ場所で、唸るようなセリフを聞くことがある。ある日、エレベーターに乗っていると、途中で男子学生二人組が乗ってきた。

その一人(学生A)が、壊れたビニール傘を手に、もう一人(学生B)に話しかける。

学生A「な、いらんビニール傘ってどうやって捨てんの?」

学生B「なもん、コンビニの傘立てに差しときゃいんじゃね?」

学生A「   ①   」

 

そう、この①の部分でA君は何と言ったか?

普通に流れるなら、

学生A「お前なぁ……」と呆れる風の返しか。

が、このA君、

学生A「ま、もともとそっから持ってきたもんだしな」

うぉ~~~、そう来たか。エレベーターを降りた私は、何より先にメモを取った。

倫理上の問題はさておき、B君の返しだけでもそれなりに捻りがあったが、それを受けてのA君、ウケを狙って言ったわけではない分、おそらく実話である分、余計に「おいおい」なのである。

 

もう一つ。

名古屋の地下鉄名城線に乗っていた。シートの半分くらいが埋まる混み具合。

途中、伸び放題の髪に無精髭、小鍋や雑多な身の回り品を詰め込んだ大きなビニール袋を手にしたオジサンが、私の隣、正確には一人分スペースを空けての隣に座った。

 

と、このオジサン、座るやいなや、ずうっと、溜息をついている。しかも、深い深い溜息。

「あ~~~~(俯いて)」「あ~~~~(天を仰ぐように)」

この間、私は、このオジサンに視線は送らないものの、耳はくぎ付け。この方の人生の、この車両中に響き渡る溜息の核となるものに思いを巡らす。

と、この方、突然、大声で話し出した。

「人生なんて、人生なんてもんは……」

おお、人生を語ろうとしている。

「人生なんてもんは、ほんっとに……」

その瞬間、言葉が走行音にかき消される。ウ、ウソでしょ! オジサンは今まさに、“人生なんて、本当に○○だ!” の○○を叫んだはずなのだ。

聞き逃した~、この深い深い溜息を総括するような言葉、○○を。

 

そして、オジサンは次の駅で降りた。あとを追って聞けば良かった。

「さっき、人生は何だと仰いましたか?!」と。

そこで追いかけられないのが書き手としての未熟さか。

いやいや、それを想像と創造で超えるのがシナリオでは?

 

街はセリフで溢れてる。